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商大マンドリンクラブ50周年記念誌(2000年1月発行)より 両親や親戚は当然の如く大反対でした。神戸商科大学在学中、これが弾き納めとして開いたリサイタルが、ある評論家の目に止まりプロの道へと誘われました。もう就職先も決まった卒業年の1月のことでした。 当然の如く悩みました。多くの方々にも相談しました。もちろん自分の音楽への才能は全くの未知数でしたし、師事していた比留間先生までもが他の職を持ちながらマンドリンを続けた方がよいと言われる。それでもプロへと決心したのは、当時はまだプロの演奏家が数えるほどしかいなく(業種としての将来性)、また自分自身が当時のマンドリン音楽に非常に懐疑的(革新創造を通じての達成感)であったと言えるかも知れません。とりわけ「本当のマンドリン音楽とは何か」は今でも僕の命題ですが、これを本気で考えていました。 当時の僕に大きな影響を与えたのは「ウィーン新古典派」でした。なかでもA.ウェーベルンの音色への考え方は僕の心に大きなウェイトを占めました。狂ったように彼の管弦楽曲を何度も編曲したものでした。今思えば、これが僕の作曲家としての原点かもしれません。現代音楽から勉強するなんて音楽大学生であれば退学ものです。 |